茨城県那珂市の親鸞聖人の浄土真宗 阿弥陀寺:墓地分譲・檀家募集

阿弥陀寺の合祀墓


・ 合祀墓

阿弥陀寺の合祀墓は本堂北側にあります。
このたび、千々松石材工業の製作により、合祀墓が完成致しました。大山住職の手で『南無阿弥陀仏』『倶会一処』(くえいっしょ)の文字が銘記された永代供養の墓でもあります。左側に法名碑があり祀られた方々の法名が綴られます。表扉に阿弥陀仏、裏からの扉を開くと骨壷を納められるようにしてあります。お問合わせ TEL 029−298−7505

合祀墓


・ 合祀墓

現代の社会では、昔と違い大家族の家庭が少なくなっています。核家族化し子供の数も減っていることが社会問題になってきました。
一人っ子も増え、家を継ぐという意識も薄れてきています。死後の安住の場である「墓」はこれまで家制度の元で受け継がれてきました。
この考え方の一方、新しい社会の体制に応じた個人の墓、夫婦の墓という考えも生まれてきています。
このような状況から夫婦だけで子供さんがいない方、夫婦のみのお墓を希望される方、又、諸般の事情から一人だけのお墓を希望される方々のために、生前に安心できる場を作りたいという願いから、阿弥陀寺合祀墓を建立いたしました。
阿弥陀寺の属する真宗大谷派の宗祖親鸞聖人がご本尊とされた、阿弥陀様のもとで、ご縁のある方々を合祀するということであります。
阿弥陀寺門徒同朋となっていただき真宗の教えにふれていただきたいと願っております。
又、すでに亡くなられた方の個人の墓としても合祀することが出来ます。
なおご希望の方は永代使用料を納入していただきます。詳細は住職迄ご相談下さい。


寺院墓地のご案内

阿弥陀寺は、ご本堂の北側に墓地があり、墓地をお分けしております。
墓地を買うといわれる方もおられますが、墓地は土地を買うという事ではなく、永代使用という事です。お墓を立てられると、その施主のおうちの方に代々そのお墓を使っていただきます。
墓苑では、宗派問わずというところが多いですが、寺院の墓地、当寺は、真宗大谷派、本山は京都の東本願寺〔真宗本廟〕ですので、宗祖親鸞聖人の教えを聞き、真宗の門徒になっていただきたく思います。過去の宗派は問いません。
ただお骨を収めればそれでよしとすることなく、身内の方の亡くなられたことを縁として、仏教、真宗の教えに触れていただきたいと思っています。
まだお墓をもっていない方、又地方にお墓があるけれど、遠方でお墓参りが出来ない方、お骨の改葬も出来ます。
又ご兄弟姉妹の間で、墓地の継承をどのようにするか、お困りの方、現実になかなか難しい問題もあります。
どうぞ住職までご遠慮なくご相談ください。お電話にてご連絡下さい。

合祀墓


・ 親鸞聖人のこと

1173(承安三)年、宇治にほど近い日野の地に、親鸞聖人は誕生されました。父は日野有範(ありのり)。身分の低い公家であったが、のち隠棲(いんせい)していたといわれています。母については、源氏の流れをくむ吉光女(きっこうにょ)であるとつたえられていますが、たしかなことはなにもわかっていません。幼くして両親を亡くし9歳で青連院にて出家した後当時の最高学府と言われた比叡山にのぼりました。比叡山にてひたすら20年間修行に励みました。29歳の春、自力修業の限界を感じ山を降り、京都六角堂にて100日間の参籠をし、聖徳太子の夢告を得て法然上人の門をたたき、専修念仏(せんじゅねんぶつ)の在家仏教に可能性を求めました。法然上人の教えは旧仏教から見捨てられたいた一般民衆にも平等に救済の扉が開き、ただ、ひたすら、南無阿弥陀仏を唱えて救っていただく浄土門、それは他力念仏の教えであった。末法の世の人々が救われる道はこれだと信じ入門、数ある弟子の中で高く評価されようになり、ともに専修念仏の道をあゆみました。この教えが広まるにつれ、比叡山や奈良の興福寺は危機感を抱き、朝廷を動かし、念仏者への弾圧が行われ、法然上人は土佐に、親鸞聖人は僧籍を剥奪され越後に流罪の身となりました。ときに法然上人は75歳の高齢でした。非僧非俗の身をもって、自らを『愚禿親鸞』と名乗り、越後の豪族の娘恵信尼と結婚し、流罪から5年目にして許され、法然上人が死去したこともあり、京に戻らず関東への布教伝道の道を歩んだわけです。以後20年の間、下妻や稲田,大山等を拠点とし布教活動をし、関東のみならず東北の地域まで及びました。人間は財産や物があれば、執着し、なければ憂いが来る。ときと、場合によっては何をしでかすか解らない。知りながらも、知らないうちにも罪を犯す欲や怒りの心が絶えない。その世の中をどう生きるかはその愚かさを知りただ仏を信じ仏に身を任せていきうのです生きる。阿弥陀仏のお力を以って救いの本願を信じて生きる。弥陀の本願は善人も悪人もいかなる人々も見捨てることもなく、救ってくれる悪人正機説が生まれていきました。親鸞聖人の教えは教行信証となって門徒の数も増えその著述に遺された深い自省と鋭い人間洞察からつむぎだされた言葉は今も生きています、63歳で京に戻り、1264年90歳で大往生をとげられました。

親鸞聖人のこと


・ 倶会一処(くえいっしょ)

合祀墓が完成し、阿弥陀寺住職の手により左に南無阿弥陀仏、右に倶会一処と書かれ銘記されました。倶会一処(くえいっしょ)とは、浄土教の往生の利益の一つ。阿弥陀仏の極楽浄土に往生したものは、浄土の仏・菩薩たちと一処で出会うことができる、という意味である。

『阿弥陀経 』に、

「舎利弗。衆生聞者。応当発願。願生彼国。所以者何。得与如是。諸上善人。倶会一処。舎利弗。不可以少善根。福徳因縁。得生彼国。」
「舎利弗、衆生聞かんもの、まさに発願してかの国に生ぜんと願ふべし。ゆゑはいかん。かくのごときの諸上善人とともに一処に会することを得ればなり。舎利弗、少善根福徳の因縁をもつてかの国に生ずることを得べからず。」(『浄土真宗聖典註釈版 』124ページ)
とあるところから引かれた言葉。

倶会一処(くえいっしょ)


・ 阿弥陀如来立像安置

合同墓には阿弥陀像が安置され、永代供養墓者を見守っています。
南無阿弥陀仏 合掌

阿弥陀如来立像安置


・ 礼拝

永代供養
住職による礼拝光景

礼拝




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